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『五月の花』

今日も降り出しそうな暗い空です。ここしばらく雨が少なかったので、庭の樹々や草花たちも 天を見上げて雨を待っているでしょう。
それにしても自然は本当に偉大で、立派ですね。何のてらいもなく只あるがまま、そしてあらゆる生命を生かしてくれます。雨であれ、お天気であれ、いろんな天候があってくれることが、どれほど幸せなことか ―― 。
こんな当り前のことを、あらためて言葉にしたくなるのは、どういうことなのでしょう。でも今は、素直にそう感じています。

佛教大学四条センターでの「絵本の読み聞かせ」講座、第一回目を無事に終えて、第二回目の為のいろんな整理をして居ます。それにしても四条センターにお越し下さる皆さまは本当にレベルの高い方々で、毎回、いろんな刺激をいただいています。このセンターは、「共に生きる ―― 共生き」という、佛教大学の精神を具体化する一つの場であり、多くの方々の心と知性を満たしている素晴らしい処です。だからといって堅苦しいところはいささかも無く、皆さんのびのびと、自からの人生をより豊かに、より美しく輝かせようと楽しんでらっしゃいます。
こんな素敵な「場」があることを、もっともっと沢山の方々に知っていただきたいなと心から思います。未だ御存知でない方、是非是非、佛教大学四条センターの講座案内をごらん下さい。あるいは一度、何かの講座を見学していただくのもいいかなと思います。バラエティーに富んだ、とても前向きな講座ばかりです。四条センターの方々は「社会還元の一つ」としてこれらの講座を運営なさっているので とても意義深い講座が沢山あります。場所は四条烏丸東北角 京都三井ビルの四階です。是非一度、資料を取り寄せるなり お訪ねいただくなりして、御検討下さればと思います。

おさだ塾の本拠地 般若林は今、五月の花盛りです。杜若(かきつばた)も生き生きと背を伸ばしています。あまり栄養をあげてないので、いいお花が咲いてくれるかどうかわかりませんが ―― 。
間もなく花梨の花もさくでしょう。

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『 春の終わり 』

春の公演も事なく済み、今は今月末から始まる「絵本の読み聞かせ」講座に向けて準備中です。絵本にはいっぱい、素敵なお話が沢山あります。でもこの講座の場合は全員の方(三十名を二班に分けて、一つのお話に十五名ずつです)に話していただきたいので、当然長いお話は出来ません。いつもなるべく五分以内にお話しで来るものを選ん
で、皆さんに学んでいただいています。
それにしても佛教大学四条センターの講座の皆さんはいつもとても意欲的で、能動的な方ばかりです。とても楽しく、時にはこちらが押される位のエネルギーです。自分たちが勉強させていただけて、そして喜んでいただけるのですから、本当に最高に有難いお仕事です。

六月には、福井県小浜市で、「町かどの藝能」の公演をさせていただきます。野外ですので雨にならないことが一番の願いです。とはいえ科学がいくらすすんでも、お天気まで左右出来るようにはなってほしくないと思っています。それでなくても人間の傲慢が、さまざまな公害を惹き起こしているのですから。
ここ般若林にいると、自然の素晴らしさ、有難さが全身で感じられます。貧しい自分たちの心がどれほど救われているか、その恩恵ははかりしれません。
ふと窓を見るとユーホーのような輪っかが二つ、窓に浮かんでいます。 ―― 何のことはない部屋の中の蛍光灯が窓のガラスに映っていたのでした。そうわかって見ていても、けっこうたのしく、いろいろと想像をふくらませてたのしんで居ます。
こんなのんびりとした時間は本当に久しぶりですが、これも仕事の合間だからこそです。お仕事がなければ私たちはただの失業者、ボチボチでもお仕事をさせていただけていることがどれほど有難いことか、あらためて感謝です。

般若林の外でも桜の季節がそろそろ終わりです。京都へ観光に来られる方の数も、少しは落ちつくでしょう。でも青葉の季節の京都も素敵ですから、又、大勢の方がお見えになるかも知れません。住んでいる人間にとってはいささか困ることもある「観光客」ですが、不足をいっては申訳ありませんね。

大分、陽が傾いて来ました。そろそろ外へ出てみましょう。

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『花』

窓のそばの椿が、今満開です。何本かあるのですが、一本の木にいろんな色の花が咲きます。白と紅の縞模様、斑、一重ずつに色が違っていたり実にさまざま、本当に豊かな彩り椿です。
有名な五色の椿より、うちの椿の方が素敵なんじゃないかな、と密かに思っています。
それにしても本当に般若林はいいところ。こんなところに居させていただけて、本当におさだ塾は幸せだなと、又しても改めて思いました。
裏庭の大きな桜の老木も今まさに満開。あと何度見られるのだろうと、少しでも長く、咲いてくれることを祈らずに居られません。毎年、桜の木の下に入って、花越しの青空を見るのが何よりの楽しみです。思い返せば、はじめておさだ塾が般若林に来させていただいた年の桜は、とても淋しい桜でした。それが一年、一年、年を経るごとに美しく、見事になって来ているような気がします。樹としてはおそらくかなり年老いているはずなんですが、おさだ塾が来てからというもの、本当に元気に、活き活きとして来て居ます。「樹も、人に見られて元気になる」と聞きますが、本当にそうだなと思い、よけいに愛おしく、長生きしてほしい想いが強くなります。どうぞ皆様も般若林の裏庭の桜を見に来てやって下さい。沢山の方に見ていただいて、もっともっと元気に、長生きしてほしいのです。

春の小さな劇場公演も間もなくです。その日に、といわず、それまでにも、是非是非見に来てやって下さい。勿論、公演の方も、御覧いただきたいのですが ―― 。今も二階では照明さんの仕込みが続いています。俳優たちもそれぞれにいろんな準備に慌ただしく動いています。こういう活気ある慌ただしさは本当に楽しいもの、普段からこういう慌ただしさがもっと有ればどんなに素敵でしょう。

本番までのほんのひとときを部屋に坐ってたのしんでいます。

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『春の公演まで』

春の雨が音もなく降っています。
「春雨じゃ、ぬれて行こう」 ―― ふと、そんな言葉を思い出し、思わず苦笑しました。今どき、こんな言葉を聞いて、合点して下さる方がどれくらいいらっしゃるでしょう。
時の流れは昔より随分早くなっているように感じますが、実際の時の流れは少しも変わりません。只世の中の物ごとが、次から次へ起こっては過去へ、起こっては過去へと忘れ去られていくだけ ―― 。
でも、わすれてはいけないことも沢山あります。この国に生きる一人として、よくよく見極めなければならないことも多々あります。でも報道は、その時その時の人の気持ちによって、民衆の関心の多寡によって、けっこう「忘れさせられる」ようなことも起こって来ます。時には「これは忘れてはいけない事だよ」と、関心を喚起してくれるような報道もあっていいのではないかと思うのですが、なかなかそのようにはなりません。尤も、報道によって民意を誘導するようなことは絶対してはならないのですから、そこは国民の側が、かしこく見極めるべきなのでしょう。
なんだか春雨に、似つかわしくない無粋な話になりました。

春の公演の稽古は、着々と ―― とはいかないようで、ノツコツ、ノツコツ、無器用にあちこちにぶち当り乍ら、それでも少しずつは前進しているようです。もう日数も余すところわずかですから、もっともっとペースを上げて、濃い内容の稽古をしていかなければならない段階なのですが、どうもそうはいっていないようです。不器用な人間は、他の人の何倍も稽古をしなければ上がって行きません。うちの場合は全員が不器用なのですから、みんなして「懸命」に「必死」になってくれないと上がりません。尤も稽古だけして居ればいいのではなく、塾全体のいろんな仕事もしなければなりませんから、俳優もスタッフも大変です。
それでも自分たちの本拠地で公演が持てるおさだ塾は最高に恵まれています。稽古場の確保に苦労している劇団が、ほとんどなんですから。
今日の土台を築いてくれた先輩たちに感謝して、全力で稽古に打ち込むことこそが、それに応える道でしょう。努力して苦労して、その結果お客様の拍手をいただけるのは「俳優自身」なのですから。
ここからは怪我なく、事故なく、全員が元気で当日に向かって邁進して、最高の状態で本番を迎えることこそ、お客様への唯一の感謝の証といえましょう。
がんばりましょう、ゴールまであとわずかです!!

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『 賑やかな近頃 』

ドタ、ドタ、ドタ、ドタ ―― 。
二階の稽古場からびっくりするような音が聞こえて来ます。春の舞台「野々井家の場合」の稽古の為です。
昔からというか、多くの俳優さんの場合、稽古の時はそれほど「力」を出さず、七・八分くらいでやっておいて、本番の時に百%力を出すんだという人がかなりありました。かなりというより、常識のように、そのようにして来た人が多かったのです。
でもおさだ塾では、「稽古は本番の為にするのだから、常に本番と同じように全力でやるのが当り前」という考えでずっとやって来ました。
塾を創って下さった長田純先生以来の教えです。
皆、「愚直」といっていいほど、先生の教えを守ってやって来ました。とはいえ、いつも全力でやるのですから当然疲れはたまります。でも好きでやっている仕事ですから、皆、ちっとも苦にせず今も楽しそうにドタドタとやっています。古い天井が一寸心配になりますが ―― 。

今日は曇り空。「春めく」というには一寸暗い空ですが、大地の気温は確かに変って来ています。〽どこかで春が、生まれてる ―― そんな歌も聞こえて来そうです。
これからの一月(ひとつき)あまり、二階のドタドタも続くでしょうが、要領よく手を抜ける器用な人より、鈍くさいうちの俳優さんたちの方が可愛いと思うのは「身びいき」かも知れませんね。
おさだ塾のちょっと賑やかな近頃です。

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『 春の「小さな劇場」』

ホームページ、怠けている間に二月も中旬になってしまいました。遅まき乍ら、おさだ塾の近況をおしらせいたします。つい一昨日(二月十一日)、恒例の草藁生活行を無事に執り行いました。例年通り、上賀茂神社から奥貴船の「ひろ文」さんまで約十キロの行程をわらじばきで歩くというものです。この何十年かの間、一度も天候不順や不測の事態で中止せざるを得ないという事態にもならず、無事に実施してこれたことに、今更乍ら深い感慨と感謝の念を覚えます。天にも地にも、又、支えて来て下さった多くの方々にも、心からの感謝を捧げます。

草藁生活行のあとは、塾に帰って来てすぐ、春の公演の為の稽古です。いっぱい体を動かして、美味しいお食事をいただいて、いろんな方の笑顔にお会いして、塾生皆にとって本当に有難い、幸せな一日でした。

今年の春の舞台は梶田明子の書いた「野々山家の場合」という脚本です。いろんな意味でこれまでとは一味も二味もちがう舞台になると思います。おさだ塾には他にも書ける人が居てくれるので、来年は又、違った人の作品を演れるだろうと楽しみに思っています。

般若林の庭も少しずつ目を覚まして来ています。あらためてゆっくり見て廻りたいと思っています。
自然に囲まれて日々を過ごせるおさだ塾の者は本当に幸せです。自然に励まされ、自然に癒されて、明日への意欲をたくわえることが出来るのですから。
心も新たに、春の公演に向かいます。年々、なつかしいお顔のお客様にお会い出来ることはこの上ない喜びです。更にこれからは、新たなお客様にも大挙してお越しいただけるよう、一層精進いたします。どうぞ一人でも多くのお方様のお運び下さることを、心よりお待ち致して居ります。
公演日時は、三月 三十日(金)午後七時
三十一日(土)午後二時・六時半
四月  一日(日)午後二時
開演です。
是非是非一人でも多くの方々とお誘い合わせの上、お越し下さいますように ―― 。
あふれる熱い心でお待ち致して居ります。

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新年のご挨拶

明けまして
おめでとうございます

平成三十戊戌歳 正月
演劇塾 長田学舎
今年のお正月は晴れやかなお天気に恵まれたおだやかな 新年でした。

初詣の人々も皆、明るい表情でゆったりと歩いています。
こんな日がずっと続けば世界中が幸せになれるのではと思えるような平和な初春です。
せめてここしばらくでも、世界の争いごとを忘れて ―― そんな念いをつぶやいています。

皆々様の佳き日々の、続くことを祈りつつ ―― 。

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『 いつか、きっと 』

発表会の日が近づいて来ました。今も二階の稽古場から日舞の稽古の足音が聞こえて来ます。
なかなか打ち込んでのお稽古が出来ない中で、先輩の花柳美優さんが真剱に指導してくれています。
元来、けっこう自己顕示欲の強い人たちですから、日舞のお稽古はたのしそうです。勿論、名人といわれる方々は別ですが、初心者も初心者、しかも俳優修業の中の一部としか思っていない(?)人たちですから、けっこうたのしそうです。
人にはいろんなタイプがありますが、うちの中だけでもいろいろな人が居ます。自己顕示欲は当然皆、持っているのでしょうが、その表れ方がそれぞれ違っていて、その人の性格がよくわかります。陽性の人、陰性の人、一寸気取り屋の人、とりどりです。
かつて、「歌手」といわれる人たちは、「お客様は自分だけを見ていてくれる(聞いていてくれる)」という、言葉に表せない喜びを感じるそうで、一度経験するともう止められないと聞きました。勿論、全ての人とはいえないかも知れませんが、歌手を目指している何人もの人が、そのようにいっていました。
成功して今も活躍している人、どこかに消えてしまった人 ―― でもその人たちもどこかで歌っているのかも知れません。
どんな仕事であれ、生き方であれ、自分で納得して打ち込めれば、それは素敵な人生です。目的を持って、希望を持っている人は、どんな時でもキラッと輝くものを持っています。うちの人たちも今は苦しくともいつかは ―― と思っているのでしょう、貧乏ぐらしでも皆、明るい顔をしています。人さまに迷惑をかけることなく、自分の好きな道を歩み続けられるのは最高に幸せな人生です。
一寸の虫にも五分の魂 ―― その魂の萎えない事を祈ります。

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『 間もなく発表会 』

北山に靄がかかり、空が暗くなって来ました。東の比叡山には谷間から立ち昇る霧のような雲がかかっています。
時雨月の名の通り、十一月はよく通り雨が走ります。運が良ければ雨の後、七色に輝く虹が見られます。いつも心待ちにして空を見るのですが、このところなかなか虹に出会えず、いささか物足りない思いをして居ます。
秋の深まりとともに、般若林の庭も少し淋しくなって来ました。今年は紅葉があまり美しくなく、中途半端な色づきのままで散ってしまうようです。大きくなった萩の叢も、心なしかしょんぼりしています。でも裏庭の柿の木は、今年も沢山の実をつけて、鳥たちの格好の御馳走処になっているようで、ついばまれた柿の実が、あちこちに転がっています。渋柿ですが、鳥たちにとっては美味しいデザートなのでしょうか。

十二月の発表会の稽古は、どうなっているのか、見ているところではあまり進んでいないようで、いささか心配しています。来ていただく方の為にももう少しギアを上げてほしいなと思っています。もっといいおしらせをしたいのですが、このところ一寸停滞気味です。でも本番になるとガンバルいつもの悪いくせでしょう。胸を張っておこし下さいとはいえませんが、およろしければ、どうぞお運び下さい。「いってられたのとちがうじゃない。とてもよかったですよ」 ―― そんなお声が聞ければ本当にうれしいのですが ―― 。
更めて日時を申します
十二月十七日(日) 午後二時から四時ごろまで
お茶とささやかなお菓子くらいしかおもてなし出来ませんが、皆様のおこしを心よりお待ちして居ります。
どうぞよろしくお願い申上げます。

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『 雨降り 』

今日は雨 ―― 。
雨の日の般若林は とても静かです。自然のままの土のお蔭でしょう、雨のはねる音がしません。でも時折り、雨だれがささやかな音をたてて屋根からすべり落ちます。
ここまで書いて気づきました。灯油ストーブが静かな燃焼音をたてて、部屋に暖をくれていたのです。まわりの音が聞こえないのも、このせいかもしれません。目で雨だれをたのしみ、ストーブでおだやかな暖をいただき、聞こえない音に耳を澄ませる ―― とてもぜいたくなひとときです。

たまたま、テレビで、ゴッホが日本に強い憧れを抱いていたと知り、急に身近な人に感じました。浮世絵や、日本の風景をこよなく愛し、(実際に日本を見たわけではないのですが、いろいろな資料で、とてもよく学んでいたそうです)日本を想い描いて画いたのであろう作品も沢山ありました。
日本の浮世絵が世界で高く評価されているのは 私たちにとってうれしく誇らしい事です。
そういえば以前に聞いたのですが、日本へ観光に来た外国の方の案内を得意とされているタクシーの運転手さんが
「私らも一生懸命勉強してますけど、もう一つ上手(うわて)の、日本を本当によくわかっている外人さんがふえて来て おたおたせんならんことがようありますのや。ほんまに頭痛いですわ」といってられました。
何でもそうですが、競い合う相手が居てくれればくれるほど、自分も成長出来ます。学校教育の場で子供たちに競わせることに否定的な意見も聞きますが、それはその程度によるでしょう。競い合ってこそ成長出来ることは多々あります。良き競争相手を持って沢山の刺激を受けて更に前へ進める人生は 有意義な有難い人生だと思います。

静かな雨から競い合う事へ ―― 何か変な気もしますが、正直な想いです。

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