『春の気配』


久しぶりに雨上がりの相国寺様の境内を歩いてみました。
何となく春のもやもやとした気配があたり一面に漂っています。
とはいえ、植込みの緑の木々の葉っぱの色は今一つあざやかではありません。ひょっとすると殺虫剤か何かを撒かれて、葉の色が悪くなっているのでしょうか。
冴えない葉の色にひきかえ、あちこちの木々に芽吹いた新芽はずい分力強くなりました。
桜の木には何となく淡いピンクのもやがうっすらとかかっているようで、不思議です。
池の水も、心なしかぬるみはじめたようで、時々鷺の鋭い声がひびきます。そのうちに亀たちが、ヒョコンと首を出すでしょう。
夏には美しい花を咲かせる蓮の鉢は、未だ無表情な泥土におおわれています。
特にこれといった変化があったわけではないのに、それでも何となく春の気配を感じるのは、やはり人間も自然界の一部だからでしょうか。
未だあちこちに水たまりの残る境内には、あまり人影がありません。でももう少し時が経って夕暮れどきともなると、仕事がえりの人たちのあわただしい足取りで境内は俄かに「人」の世界の色が濃くなります。生き生きとした人の生活(くらし)の営みの力に、境内が活気づくのです。ただスピードを出して走る自転車には、いささか困るのですけれど ―― 。

それまでのほんのわずかな一ときを、もう少したのしんでみましょう。