『自然災害』


よく思うのですが、京都は本当に災害の少ない町です。
水害とか山崩れとかもあまり聞きませんし、台風が来ても何故か一寸それてくれます。長く王城の地として在ったのも、こんなところに理由の一つがあるのかも知れません。
近頃は二百十日とか二百二十日という言葉も、あまり聞きませんが、昔は誰でもが知っていたし、よく口頭に上る言葉でした。若い方の為に説明すると、立春から数えて二百十日目(九月一日)、あるいは二百二十日くらいに大きな台風がよく来るから気をつけよといった意味で使われたのです。
大きな自然災害というのは何十年、あるいは何百年に一度、ずばぬけてものすごいのがあるのだそうです。でも近頃はしょっちゅうといっていいくらい、あちこちで起る災害を目に耳にします。報道の行き渡ったことで、尚よく見聞きするのでしょうが、自然を無視した人間の行動が惹きおこす災害もよくあります。この季節、よくあるのが台風による被害ですが、或る人によると、もし日本に梅雨と台風が無かったら、日本の国土は砂漠になってしまうとか。その為なら、台風にもあまり文句はいえませんね。
それにしても自然というのは本当に不思議な、そして有難いものです。「上がらない雨はない」といわれる通り、災害が有っても必ず又、修復出来る時間を与えてくれます。
近頃起こる災害には、昔からのいいつたえを無視して、どんなところにでも家を建てたりすることによっての事が多いといわれます。「江とか、沢とか、滝とか、地名に水の関わる名のあるところには家を建てるな」と聞いたことがあります。埋め立てたり、山が削られたり、土地が拡張されて、今は普通の土地になっていても、かつて、そういうもの(水に関わる)の在ったところは、矢張り避けた方がいいという、昔の人の知恵でしょうか。今時、そんなことをいったら笑われるかも知れませんし、「そんなこといってられない」という言も聞こえて来そうです。
でも昔からいわれて来たことには必ず何らかの「わけ」があります。昔の人の知恵にはかなわないと思わされることが今も尚、多々ありますし、いわれて来た事柄には必ず何らかの裏打ちがあるのがほとんどです。現代の文明にばかりたよって、災害が起こってから「あゝ、そういえば ―― 」と後悔しても、起こった災害は決して消せないのですから。
自然への畏敬の念はいつの時代でも持っていなければならない大切な事象の一つでしょう。