『 ほんとうの勇気 』

人は誰しも、他人に悪く思われたくないという気持がある。他人との関わりあいの中で生きているのだから当然のことであろう。
しかし、時として、自分が悪く思われても言わなければならないこと、しなければならないこともある。
ある御婦人の母上が、病気で入院なさっていた。手術をされて一ヶ月余り経った時、担当の若い医師が「来週から入浴してもらいますが、週に一回しかいけません」といった。
医師の言葉にひっかかるものを感じた御婦人は考えられた。長い間、お風呂に入れなかった患者にとって、入浴許可が出ることは本当に嬉しいことである。だのに喜びが素直に湧いて来ないのだ。医師の態度からも言葉からも、患者の回復を喜び、励ます心は感じられなかった。本人は思っていたのかも知れないが、少なくとも口から出た言葉はそうではなかった。この時、もし医師が、「来週からお風呂に入れるよ。初めは週に一回だけど、今まで入れなったのが入れるようになったんだからね。それだけよくなったんだよ」―― こう言っていたらどうだろう。同じことを言っても、「入れるけど一回しかいけない」というのと、「一回だけど、入れるようになったよ」では全くちがう。常からぶっきら棒で、患者の気持ちなどあまり関心のないように見える医師だが、それは若さ故に「病」を見るのに精一杯で、「病人」までは見られないのかも知れない。この先、この医師は何千人、何万人の患者に接するだろう。その人たちの為にも、これは言っておくべきだと判断されたその方は、その医師に忠告されたのである。「先生のお言葉一つで、どれほど患者の励みになり、喜びになるかわかりませんので」といって。

これだけ考えられる方だから、きっと医師の心に届くいい方をなさったに違いない。自分の為より人の為に ―― 、なかなか出来ないことをなさったこのような方こそ、「真の勇気ある人」といえるだろう。

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『 このごろ 』

おさだ塾の秋の公演「町かどの藝能」その四十一。今、その準備で全員があわただしく、ハードな日をすごして居ます。舞台もおおよそ組み上りました。「どうして今から?」と思われるでしょうが、なにしろうちの場合は全てが自分たちの手づくりなのです。業者の方に依頼するなんてことはとうてい無理ですし、又、自分たちの手で造ることによって、自分たちの「場」になるのですから。毎日毎日、晴れれば外で、雨が降れば中で、黙々と準備に取り組んでいます。
と、いっても稽古もやはりしなければなりません。これまでと同じ事をやっているようでは、皆様に「おこし下さい」といえませんし、例え同じ演目でも去年より中味が充実し、洗練されていなければ、見ていただく意味がありません。準備も稽古も全ては見て下さるお客さまの為に、どちらも大切な「やるべきこと」なのです。

今日は雨もよう。うっとうしい空に、しばらくのお天気の具合を心配しています。といいますのも、九月二十六日は「絵本の読み聞かせを楽しもう」講座の今回のシリーズ最終回なのです。
なるべくなら晴れてほしい、講座におこしの方々に御不自由がないように ―― 講座の前にはいつもそう願います。
お蔭さまで「読み聞かせ講座」を受けて下さる方々は皆さまとても能動的に、真剣に取りくんで下さり、本当に有難い方々ばかりです。「教えることは学ぶこと」といいますが、本当にいつも私どもの方が勉強させていただいています。「もっと続けて講座を受けたい」といって下さる方も多いのですが、なかなか思うように時間をつくれず、申訳ない思いをしています。

それにつけても思うのですが、どうして私たちはこんなにも「鈍くさい」のかということです。器用な方はいろんな仕事を上手にやり分けられますが、私たちはどうしてもそれが出来ないのです。その為に多くの方に御迷惑をかけたり、ガッカリさせたりしなければならないのが、とても申訳なく、もう少し上手に、時間を使えるようにしなければと思っています。

遅々たる歩みではありますが、止まることなく、前へ向かって歩んで参ります。
どうぞ皆さま、御支援たまわりますように ―― 。

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